| 窓の外を見るとちょっと冷たそうな風が吹き、パラパラっと雨も降っていました。
ミューチはアトリエ・ココの2階にある自分の部屋で絵を描いていました。
天井から垂れ下がった電球が一個だけついています。
ちょっと暗くて寂しい部屋ですが、棚に並べられた色とりどりの絵の具が
たくさんおしゃべりしててなんだか暖かい気分にさせてくれます。
キャンバスには、この間アトリエ・ココにやってきた笑顔いっぱいのちいさな女の子の絵が描かれていました。
その女の子は両手にすっぽり収めた2体の口がパクパク動くパペット人形を胸の高さに持ってやってきました。
どうやらその子の手作りらしく、何の人形か分かりませんがとりあえず口がパクパクなってるのが良いみたいです。
そんな人形の口をパクパクさせながら「ぐわぐわぁ♪」と言って楽しそうにしていました。
ミューチはその子の笑顔がとっても印象的だったので今回の絵のモチーフに選んだようです。
突然の突風が大きな窓を強く叩きました。
「みゃっ!」と肩を寄せて声を上げてビクッとするミューチ。
チラッとキャンパスの女の子に目をやると
ミューチがビクッとしたことを楽しんでるかのように見えました。
ミューチはちょっと照れ笑いをしながら女の子の前に再び立ちました。
筆が流れるたびに女の子の髪はブラシでとかれるかのように
心地良い曲線を奏でていきます。
笑顔の女の子は筆が流れる度に「髪をといてくれてくれてありがとう♪」
と言っているようでした。
雨が強くなってきました。
ミューチは筆をおいてなんとなく雨音に誘われて大きな窓に近づいて行きました。
ミューチの部屋の窓からは大きな原っぱが見えます。
ちょっと目線を右下に落とすと「レネスィ」という女の子が働いている写真屋さんが見えます。
軽く左に首を振るとサウスクラフトの街が見え、石畳の道や可愛い家々が立ち並んでいます。
そして大きく右を覗き込むと原っぱの先に海が見えます。
晴れているときとは異なる外の風景を眺めて、何か考えているように見えて特に考えて無さそうな表情のミューチ。
ふと目線が窓の上のひさしからポタポタ落ちる雫に向きました。
しばらく規則的に落ちる雫を見ていたミューチは
「なみだ・・・ポタポタ・・・」小さな声でつぶやきました
「涙は何で流れるんだろう・・・?」
良く泣いてしまうミューチにとって涙の存在は他の人より大きいものです。
ミューチはそのことを考えるために自分の世界に入っていきました。
悲しいとき、痛いとき、辛いとき・・・
色々なときに涙は出てきます。
目にホコリが入ったときにも出てきます。
ホコリのときは目のお掃除のためだからその涙はちょっと違うよね
と思いその涙は除外しました。
この間、偶然にもリヨちゃんの妹のまだまだ子供のユユちゃんが言ってたことを思い出しました。
「涙は消防隊だよっ 目が熱くなって火が出るから涙で消しちゃうの」と言ってました。
ユユちゃんの可愛らしい説明をちょっと大人のミューチなりに解釈し直し、
「嫌な思い出を消すため」と考えました。
でも、その答になんだか納得行かない様子のミューチ。
ひとりで悩んでても解決しないかも思ったミューチは、
休憩も兼ねてお話相手のココロオーナーのところに向かいました。
ミューチは自分の部屋を出ました。
ミューチの部屋から大きな円筒形の空間を挟んだ先にあるのがココロの部屋です。
ココロの部屋に行くには部屋にそった円形の通路を通って行きます。
3階も4階もそんな感じの部屋作りになっていて、
アトリエ・ココのメンバーは円形の通路にかかった手すりから顔を乗り出し良く会話を楽しんでいます。
ココロの部屋の前にある手すりから身を乗り出して見下ろすと、
プレゼント箱のラッピング作業を行ったりしているアンティロの作業場が見えます。
ミューチは良く2階のココロと1階のアンティロとの楽しそうなジェスチャーゲームを見かけます。
ココロの部屋に向かおうと歩き出したその時、ココロが部屋から出てきました。
偶然鉢合わせになって、ちょっと照れ笑いを浮かべるココロ。
どうやらココロも何か作業が終わって休憩のために出てきたようです。
「ミューチも休憩?」とちょっと肌寒そうに腕をスリスリしながら声を掛けてきました。
「うん」とうなずくミューチ。「あのね・・・」と、話がしたいことを伝えようとしたとき・・・
『ブシィ~ッ!!』
っと2人の上の階から激しいくしゃみの声が聞こえてきました。
それは、リヨちゃんのくしゃみでした。
リヨちゃんは素朴でかわいいのに、なぜかそれに似合わない大胆なくしゃみをしてしまいます。
ミューチやココロそれにアトリエ・ココのメンバーみんなも、
リヨちゃんには、もっとおしとやかなくしゃみをしてもらいたいのですが
なかなかどうしようもない状態です。
「リヨちゃ~んっ!」と声を掛けるココロ。
3階の手すりからヒョコッと姿を見せるリヨちゃんは、
「ココロさぁ~ん、あっ ミューチもぉ♪ 今日はちょっと寒いですねぇ!」とニコニコしながら手を振ってます。
無邪気なリヨちゃんに手を振り返すミューチとココロ。
するとリヨちゃんから「ねぇっ 2人ともどうしたんですか?」と質問が続きました。
ココロは「オレは絵の作業に疲れてちょっと休憩しようと思ってたところぉ」と答えて
ミューチは?という素振りで横を振り向きました。
「私も休憩するところぉ」
本当はココロとお話しするのが目的だったのですが、ココロに合わせて答えるミューチ。
「じゃあ私も、休憩しますっ♪ 」と語尾を軽く上げたかわいい口調で返すリヨちゃん。
「んじゃ、みんなで休憩する?」ココロが言うと
「うん♪」
「はぁ~い♪」
ということで、みんなで休憩するためにアトリエ・ココの1階にある喫茶店ブースに行くことに。
喫茶店ブースに付くと雨と時間帯のおかげか人は誰もいなくて、
ランクがひとりで食器の片づけをしていました。
「おぉ~ ランクッ 今日も頑張ってるねぇ おつかれさま♪」とココロがまず話しかけ、
ミューチとリヨちゃんも「おつかれさま♪」と続きます。
「おつかれさまです。」と紳士的に答えるランク。
ラフな雰囲気のココロとは違って、よりオーナーっぽい雰囲気のランク。
「休憩しに来ましたぁ~♪」とカウンターに両手を乗せてワクワクした感じで話かけるリヨちゃん。
でもいつも一緒にいるモカの姿が無いことに気づいたリヨちゃんはランクに尋ねました。
「モカはお客さんの付き添いで出かけてるんだけど、もうすぐ帰ってくると思うよ。」
どうやらランクのクッキーを両手いっぱいに買って行ったお客さんに
付き添っていったみたいです。
「ご注文はお決まりですか?」と店員さんらしい口調でリヨちゃんに話かけるランク。
「あっ えっとねぇ・・・ ココアを下さい♪」
「オーナーとミューチは?」
「オレはコーヒー♪」
「私も♪」
ということで、3人は久しぶりにテーブルではなく、カウンターで休憩することに。
ランクのいるカウンターに向かって右からココロ、ミューチ、リヨちゃんの順で座ることに。
コーヒーとココアを手際よく作って行くランク。さすが料理人といった感じです。
コーヒーはいつもモカが入れるんですが、今日は久しぶりにランクが入れてくれることに。
ランクはクッキー職人なんですが、モカと昔一緒に働いていた喫茶店で
モカのおばあちゃんにコーヒーの入れ方を教わったようです。
今となってはモカに負けず劣らずのコーヒーを入れてくれます。
しばらくし、ココアとコーヒーが出来上がりました。
それとお皿いっぱい、綺麗に並べられたクッキーがミューチの前に置かれました。
ランクの美味しいクッキーを食べながらワイワイとお話を始める4人。
しばらくしてミューチの遠慮がちな質問から「涙」の話題に。
リヨちゃんは、「心は普段ほどよく潤ったたハンカチで
辛いときには、それがギュ~って絞られて雫となる」
みたいなことを自分の経験と言葉を繋げておぼろげに話しました。
ランクは涙を「わがままの雫」と例えました。
彼はクッキー王国に居た幼い頃、してはいけないクッキーの
調理方法をして怒られたことがあったようです。
なんでそれをしたらいけないのか当時は分からなかったのですが、
今は納得してそれがわがままだったと気づいたようです。
「自分ではどうしようも出来ないとき涙でどうにか訴えようとしている。」
要するにわがままの雫なんだと話しました。
ちょっと厳しい表現ですが、ランクらしい答えでした。
そして最後ココロが話そうとしたとき・・・
「カランカランッ」と扉が開く音がし、
タイミング良いのか悪いのかモカが帰ってきました。
「ただいまぁ~♪ ぁ・・・・」
元気良く帰ってきたモカですが、空気が静かなことに気づいて
続きの言葉を飲み込みました。
「おぉ モカおかえりぃ♪」
ココロが沈み気味の微妙な空気を一掃するように
楽しげに返事をしました。
「ん??? なにかあったの?」
不安な表情で問いかけるモカ。
「涙の話をしてたの」とことば足らずのリヨに付け加える形で、
ミューチとココロが説明することになりました。
2人が説明している間、モカの肩にかかった雨を見つけたランクは、
さり気なくタオルで拭いてあげています。
「カランカランッ」
すると今度はお客さんが小さな男の子を連れた親子が慌てて入ってきました。
どうやら雨が激しくなって来たようで雨宿りに来たようです。
「びしょ濡れです!」
「大きなタオルを持ってきますねっ!」
リヨとモカは急いでタオルを取りに行きました。
ランクが席に案内して、
びしょ濡れ家族はとりあえずテーブルに荷物を置くことに。
するとモカとリヨがタオルの端と端を持ち大きく広げてやってきました。
「それでは、みなさんをぐるぐる巻きにしまぁ~す♪」
モカとリヨはホカホカふわふわの大きなタオルを家族に巻いていきました。
ぐるぐる巻かれていくと男の子がはしゃぎだし、みんなすっごく楽しそうに笑い始めました。
邪魔になったらいけないなと思ったココロとミューチは自分の部屋に戻ることにしました。
「そういえばオレだけ涙の話してなかったね」
「うん・・・でももう一度自分で考えてみる。答えがでたらココロともう一度お話したいなぁ・・・」
ミューチは再び自分の部屋に戻ってきました。
さっきまでいた下の階とはがらりと印象の変わる静かで落ち着ける場所。
多分下ではまだ賑やかな空気が続いてるんだろうなぁと何気なく思いながら、
窓枠に手を添えて雨脚が強くなった外の様子を伺っています。
ミューチは雨の日が好きです。
雨の日はみんな外に出ず家の中で過ごします。
ミューチはとっても内気ですぐに自分の世界に引きこもりたくなります。
家に引きこもることと、自分の世界に引きこもることが丁度同じ感覚のミューチは、
外に出ず内にいても良いと正当化されているように思えてとっても安心できるようです。
ミューチはキャンバスの前に再び戻りました。
相変わらず笑顔の女の子に、
「どうしてあなたはそんなに笑顔で入られるの?」
と、ふとつぶやくように尋ねました。
絵の中の女の子は、ミューチの質問なんかにはお構いなしに微笑んでくれます。
「いつも笑顔でいるけど、本当は辛いときもあるよね?」
なんとなく涙のヒントがその笑顔に隠されてそうな予感がするミューチ。
しかし今はその答えに行きつけそうも無いとなんとなく気づき、
小さなため息をついて諦めかけたとき、無意識にその女の子の目に涙の線を描き入れようとしていました。
涙なんて描くつもりは無いのに・・・と一瞬自分に疑問を持ちましたが、
その涙を入れることにしました。
涙を流す笑顔の女の子。
それを見たミューチの頭には1つの答えが浮かびました。
涙はその人の背景にある物語を伝えるため?
悲しいとき、辛いとき、痛いとき。
なんで今自分はココにいるのか、この状況を誰かに知ってもらいたい、分かってもらいたい。
キャンパス上の女の子に描かれた大きな涙によって、
その子に笑顔のとき以上の深い物語が生まれていました。
ミューチはさらに考え続けました。
涙は今まで歩んできた大切な物語を伝えるために流れるんだと・・・
言葉で伝えたいけど伝えられない想いは涙が伝えてくれる・・・
伝えられないから涙を流す。
子供が涙を流すのは伝えられないけど伝えたいから。
自分も良く泣くけど、それは自分の気持ちを必死に伝えたいからなんだと思いました。
それがミューチの心にピタッと収まる答えだったようです。
ふとミューチは今自分の部屋にいるんだと気づきました。
さっきまで強く打ち付けていた雨音はなくなっていました。
どうやら今回は自分の世界に深く入りすぎていたようです。
窓から上を見上げると雨は止んでいましたが、
空一面雲に覆われています。
ですが、部分部分の薄い雲の層から太陽の光を感じられました。
悩んでた答えが見つかり心が晴れて、空も晴れる光が差し込む。
そうなれば良い結末なのでしょうが、ミューチは雲からかすかに光を感じる風景が
なんだかとっても今の自分に合ってると思いました。
そして、ちょっとはにかんだ笑顔になるミューチなのでした。
『ミューチと涙』
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